ヨーロッパ〜日本往復日記

2001年から2003年まで二年の世界放浪の旅へ、それからどんどん価値観が変化していく様子をブログに書いています。

ある50代の生活3 日仏ニ拠点再スタート

みなさん、お久しぶりです。

現在日本にいますよ!
3週間ちょっと経ちました。

先週から学校でも働き始めて、それから生まれて初めてのボーカルトレーニングレッスンも2回やってみて二拠点生活のリアルな再スタートの始まりかな。。。


ベルリンに住んでいた時は

ベルリンと日本で二拠点生活を夢見た時があったな〜〜。そういえば。

フランスに住んでいるときは日本に戻りたい気持ちが強かったなあ。。。。遠い目

 

 

で、去年は日本に1年いて、日本に腰を下ろすつもりだったから、なんかもっと本腰入れていたような気がする。


今年の日本滞在は4ヶ月って思ってるから、なんとなく本腰入れられなくて。

母の面倒見るのと、登録日本語教師の資格で必要に迫られてやっているって言うのでね。

 

まだ試験は受けません。1年の現職がまだなのと、オンライン講義もまだなので。
試験は来年ね。


なんとなく、二拠点ってそんな憧れるようなものじゃない気がする。どっちつかづになってさ。





学校ではhalloo先生戻ってきたんですね。完全帰国ですか?って聞かれるんですけど

いいえ、今学期だけなんですよ〜。

季節労働者みたいなもんですよって答えて、またよろしくお願いしますって。

 

それで話は終わり。

 

去年は、もっとこれから頑張ります!って感じで、自分もみんなと
仲良くなろうという気持ちがあったけど、今回は4ヶ月って自分でも思ってるから

その気持ちが薄いんだな。。というかないの。自分の心の持ち様か〜〜〜。。。そっか〜〜。

だから友人ができにくいっていうのがあるのかもなあ。

それが二拠点の弊害ですね。

 

それから、いろんな悩み相談とか
パートナーの愚痴とかそんなたわいも無い話ができる人がいない。。。

 

女性はそういう世間話が好きなんですよ。

 

私の世間話が

世界の戦争問題とか、フランスの情勢、移民問題とか、二拠点生活の弊害とか、それから

恋バナとか

そんなの、一緒にワイワイ話し合う人がいないなあああああ。



そういえば、この間美容室に行って、ヘナをしてもらって、いつも去年からずっと同じ人に頼むので

色々聞かれて、答えてたらそういえば楽しかったな。でもいつも向こうは質問

私は答えるみたいな感じで、なんかレクチャーしているみたいだったな。


だから井戸端会議みたいな感じではなく。。




昔、一人旅しているときは、ゲストハウスにはそういう人が集まってわいわいするのが好きだったな〜。



旅人外国人が集まって英語で話していると、みんな同じ様なレベルなんですよ。
大体B1ーB2ぐらいで、上手い人はC1とかかな。

英語下手な人はA2みたいな感じだったかな。



だから言葉の問題もなかったし。



日本に居てもフランス語やらないとね。ネイティブと話さないといけないからもっと発音気をつけないと。


頭が痛いな。う〜〜む、二拠点って感じです。



 

20年掛けてじわじわヨーロッパ式の金銭的男女平等が身に染みてきた

みなさん、お久しぶりです。


夏がとうとう終わりを告げたかなって感じです。

あと10日で日本に行きますよ。

ここ数年、5月から始まる大型休暇で、それ以降9月まで新しい生徒が入ってくるのは少なかった。。。
6月は学生の夏休みが始まる。
7月は夏休み真っ盛り。
8月も夏休み終盤。15日前後はほぼ国民の休暇と言っても良いぐらい。
日本のお盆だね。

で、今年は4月下旬にフランス入りして、
結構大変だろうなって。
だって、去年は日本で結構頑張って仕事していたので、
1年間新しい生徒を一切入れていなかった。

でも、ジワジワジワジワ、休暇中でも新しい生徒がすこ〜しづつすこ〜しづつ
入ってきてね。

9月に入る前に
もう募集切ってしまいました。日本にもいくし。

夏休み中も勉強する人たちがいるなんて!!フランス人が!!



本当は日本行きの前時給を上げたいところだったけど、長期休み中でタイミングがね。。。


現在、彼は新しいプロジェクトの待機中、ホッとしています。

 

 

二人とも経済状況そんなによくないんだけど、


実は電車代は彼の分も私が出して、ほとんど前回書いたバカンス費用は二人分、私が負担した。




日頃、彼の方が生活費多く出しているし、旅行中に、自由にお金使いたいし、切り詰めたくないし。
というのでね。

ドイツからの男女平等が。。。20年以上かけて、心身ともに浸透したのかな。

最近思うのが、ドイツ入りしたのが2001年で、浸透するまで時間がかかって

ドイツ出国して、フランスでそのドイツの影響が出ている。



昔は、私の男女平等の感覚はあくまで日本スタイルって文を書いたのですよ。ここで。

あの時からしたら、やっぱり男性の分負担して多く出すのに抵抗ない自分がいる。



話は変わり、

で、日本では週に2回だけ午前中学校で働くことにしました。もうシフトも決まりました。


だって、自分のフランスの生徒をキープして行かないと後が大変だからね。

基本はオンライン中心で日本でも仕事しますよ。


今回の日本語教師の国家資格への移行がね。

 

実は、良いように作用していて、それは私のプロフェッションに大切だからって。

それから親ももう高齢だし。それに今回行く理由が母の目の手術だし、

 

彼は受け入れてくれたよう。




去年の事もあるし。

色々な理由が混ざり合って、今、私自身は自由にさせてもらっています。

昔このブログで
日本のは一つのボートを二人で漕いで、
ドイツでドイツ人のカップルは

一人づつ別々のカヤックを隣同士で漕いでるって書いたんだよね。


今、そんな感覚です。




日本に帰るのも気楽だわ〜〜。

一つ気になるのが、なんだか待っていてくれた。時々一緒に演奏するバンド。
ライブとかほとんどやらないんですが、ジャムセッションやるバンドの人に言ったら、すごく
がっかりしてしまったようで。。。。

そうだよね。。。こういうのって、やっぱり二拠点生活っていい点だけじゃないなって
思います。

 

 















自分の人生の舵を取る

今日ねふっと思ったことがあって、

昔の人って イメージ的には100年前とかそれ以上。
昭和でもいい。

自分の人生の舵を取ることが出来る人って特別だったんじゃないかな。

 

 

 

多分それはどの国でもね。

 

共同体の中での自分の生き様が大切だった。




でも、現代は多くの人がそれが出来る。 

 

時代の変革なんだね。

 


今までは良いとされていた公務員になったら

きっともう自分の人生の舵を取るというよりも、

やはり共同体の中での自分の生き様が大切になる。


それから、主婦なら、その要素がもっと強くなる。


小さい島に生きていたら、きっと今だって共同体の方が大切。



私は、長い間共同体の中では生きていないが、

自分の人生の舵を取る事ができていたか?といえば、
そうできていた時もあるし、できていなかった時もある。


パクスの彼とパリに住み始めた時は
全然だったな。束縛もキツかったし。



今は子供もいないし、役割というものがないので、
自分の人生の舵を取る方にシフトしていっている。それを最近特に感じる。

最近はあまり人生の目標というものがなくてね。

やっぱり日本人としては目標があった方が何となく生きやすい。


今年の目標は〇〇みたいな教育を子供の頃からされているからさ。

他の国の人は目標とかなくて生きるのが当たり前な人もいるんだよ。





私はすっかり共同体から離れてしまって、最後は一人になるのかなあとか考えるけど、

「自分の人生の舵を取る」という目標を持って生きれば

生きやすい気がします。















Le Cap Ferret ル カップ フェレ

みなさんお久しぶりです。


オープンマイクでよく会う女性の49歳の誕生日で、フランスの田舎に別荘に行くんだけど、来ない?って

天の声

ボルドーから南にローカル線で素朴な牡蠣の養殖と漁村のLa Humeへ行ってきましたよ!


パリからボルドーまで行きはオーストリッツ駅からなんと片道一人25ユーロの格安電車
結構速度はまあ150キロぐらいは出ていたと思います。でパリーボルドー間が5時間半
それからボルドーからラ ウームまで約10ユーロ45分

帰りはTGVでボルドーからパリ、モンパルナス駅まで2時間半、途中カバンがトイレに置き忘れで、(多分、危険物処理班の)警察が来て、途中の駅で3両分の客を全て車両から降ろして、30分ほど待機、3時間半かかったんですが。。。とほほ。
TGVでも一人片道50ユーロでした。


引き潮と満ち潮で、高さが2m近く違うんですよね。写真でわかるかな?
で、満ち潮の時間だけこの辺先の海で泳げるんですよ。とにかく湖かなと思うほど、波が全くない場所でね。周りは森に囲まれた湖のような海でした。

なんと牡蠣の自動販売機!

とにかく、三人でほぼ自炊。食べに出たのは1回だけだったかな。牡蠣を食べました。

素朴な古い田舎の家でね。周りは林で、実は高級別荘地なんですが、友人のひいおじいちゃんが移り住んで周りは親戚だらけで、家を叔母さんから比較的安く買ったそうです。
実は、この漁村が10年ぐらい前ショッピングセンターになるかならないかの瀬戸際で、一度おじゃんになって、その後一族で頑張って新しい建設不可の土地に申請して、広大な土地が素朴な湿地帯として存在している。

本当に、良かったね。頑張ったんだね。そういう地元の人の頑張りで土地が守られるのですよね。。


 

この魚屋さんで、銀の鯛を3匹、54ユーロで買って、捌いてもらって、
刺身で食べました。美味しかったな〜。でも小さい鯛が3匹で約1万円。
パリではもっと安く買えます。。。実は。。でもここの漁師さんが釣った魚だというので買いました。

で、このタイトルを付けたお気に入りの場所を見つけたんです。
船で渡って行ったCap Ferretという半島

じゃじゃじゃ〜〜ん、美しい大西洋!



 

アーカションという西の海辺の高級リゾート地からスピードボートのような船に乗って30分

サーフィンスポットらしいです。

 

ここはアーカションの港です。ショッピングに良い街。かわいいサーファー系パーカーと
水着を買いました。




半島になっているお陰で、本土から距離があるんですよね。まあ繋がってはいるのですが、

島みたいな感じで、本当に綺麗で、こんなところに

電車を乗り換え、最後は船で来れたことに感動。

で、最終日は

カヌー! La Hume からボルドー行きの電車に乗って二駅の場所です。
高級リゾート地アーカショーは進行方向はLa Humeからボルドーとは逆で、これまたたった二駅で、田舎なのに車の要らない本当に便利な旅でした。








ある50代の生活2

こんにちは〜みなさん。

今日もこのお題で書いていこうと思います。

先日実はまた日本行きのチケットを買いました〜〜〜〜。

9月中旬のフライトです。

今回フランスに帰って来たのが4月中旬なので5ヶ月ここに居ることになりますね。

ここまで早く日本に戻るつもりは無かったのですが、

母が83歳で白内障の手術をするので、付き添いが必要で、最近体が痛いと杖をついて歩くようになってしまって。

車で送り迎え、そして片目の生活が約1ヶ月になるので、その間

家族の面倒を私が見る事にしました。

父は母の面倒って金銭的にしかしないし、
姉も介護の仕事が異常に忙しいので、仕事以外何もできないし。。。。

母親って、娘が面倒を見ないと、誰も見てくれないなって。。
母親ってずっ〜と他人の為に仕事していざ、本人が病気になると、大して誰も看病してくれない。

私は結構悠々自適にフランスで生きているけど、今行ってあげないとなって。





で今回も、日本に帰るついでに日本語学校で働くか〜、って

もう前回働いた学校に打診しました。

 

で、最近は航空券が相当高く、パリー成田間の往復券買うのも、片道づつ別々に買うのも
ほとんど同じ金額なんですよね。



片道約500ユーロ。約10万円です。。。。

帰って来たばっかりで、5月からバカンスが始まって夏のレッスン閑散期を過ごしてるので

片道づつ買えるって都合が良い。


昔はベルリン行くのに、ロシア系の飛行機で往復券で54000円だったのを覚えてる。

で、長期滞在なので、いつも片道分は捨てていたな。シェレメチボ空港、
ものすごい古い飛行機で、空港も古くて、途中新しくなって、祖国帰れない難民が空港で生活していた。

時々琥珀のアクセサリーをお土産に買ってたな〜。懐かしい。

 

 

で、10月期を教えるとなると、

12月中旬か下旬までの業務で、その後、年末年始をフランスで過ごすか、日本で過ごすかは

向こうの状況で様子を見よう。


50代になると、子供がいないと、歳を取った両親の面倒見たりそんな兼ね合いで、日仏往復が増えるのかな。

二拠点生活に自ずとなるのかな。。


なんとなく、現在見えない人生のトンネルを通ってる気がします。

だから日記に記しておくんですよね。

後で見返したら、あの時はこんなこと思っていたのね〜って。

歳を取ると自分の人生わかり切った事言う人がいるかもしれませんが全然ですよ。

若い人にはアドバイスできる。なんでも思い切ってやれ。
疲れても、精神的にボロボロになっても。思い切ってやれ。

それだけ。

で、自分はそこまで思い切ってできない。ははは。なんて矛盾。。。というか疲れるから、

ええええ。まあ、それでも、何か自分のペースで前進することは、昔と同じ。

結局私は変わってないというか。流れに乗って動くって基本は同じ。

でもね、目標がある人はそれに向かって突き進めばいい。その方がいい。








まあ、日本語教師の国家資格は必須なので、それに今の所その資格とる事に意識を向けている事は
確かですが、きっとこの状況だと、令和10年以降も

教師が足りずに、国家資格なしでも働けるような気がしますがね。

 

認定校じゃなくても良いんだし。

いろんな日本語学校が乱立していますね。

 

 

現在教えている私のある生徒さんは来年、日本でフランス系資本の日本の日本語学校通うらしいです。今12月のN5の試験に向けて頑張っています。


なんでも、そのフランス系の学校の方が自分と年代が同じ(28歳)人が多くて欧米系が多いから
学習進度の事は心配ないそうです。


二十歳前後の中国人学生が多いところは全然学習速度が違うから気をつけた方がいいってアドバイスしたら、フランス系の資本の学校を見つけたらしいです。




私が教えていた学校に行きたいって、生徒さんは言ったのですが、そこはマンモス校で先生の入れ替わり立ち替わりが多すぎて、
現在定年退職した初心者の未経験先生ばっかりになってるから、やめた方がいいよって
言ったのですよ。。。ははは。

週何回教えようかね。

 

 

日本にいる間もオンラインのフランス人生徒も途中入れておかないと、JLPT試験が終わる12月以降、
自分の生徒が少なすぎて大変になるよな〜!










ある50代の生活1

ある50代の生活1

なんてタイトルにしてみました。

シリーズ化するか分かりませんが。。

 

日本での生活の荒波がフランスで落ち着き、日記でも書いてみようかと。

なんだか、50代って、いろんな人が今までとは違った視点で

心揺らぐ時期なんじゃないかな〜って。

子育てが終わった人とかもさ。

身体的な変化とか色々あったり。


まだ体が動いてくれる。でもすぐぐったりと疲れる。

 

なんか今までとちょっと違う、そんな感覚。


この日記は自分に語りかけ、突破口を作る為に、書きますよ。

50代って、忙しさがふっと落ち着く時期なのかな。

それまで⚪︎⚪︎⚪︎になる為に!!って突っ走り、生活がぐるぐると回転していたところで、

ブレーキとまでは行かないけど、

いろんな事がひと段落したりしてね、ハッとなる。



2025年日本の3月一時帰国帰る前は


仕事もまあなんとなく軌道に乗って、自分が受け入れたい分しか授業をしていなかった。

2024年はまだAIの荒波もなくて、同居しているパクスの絵コンテさんの彼の仕事も安定していました。

 

2024年、50代に入ったばかりの自分が実は隠居生活し始めたような気がしたんですよ。


が、ところがどっこい、2025年の日本の一時帰国で、

恋に落ちて、日本に1年間戻って、日本の学校で働き
第4の青春を微妙に味わった。


その後、いろんな事が幻想だったと分かり、自分から身を引きましたが。

 

1年間日本で生活では、

仕事というよりも、通勤に体力が取られもう体がぐったり、なかなか友達に会えない。会う気がしないうか。

相手の都合も付かず3ヶ月に1回くらい、昔の友人に会うくらいでしたね。

その近所に住んでいるその曰くつきの人しかほとんど会わなかったですね。


向こうも向こうの事情があって、会えない時があったり。

 

私は家族とは同居していても、

一人で何かすることが多く。車の運転の練習に出たり、プールで泳いだり、
ネットで他の国に住む昔の友人と音楽作ったり。



わ〜〜。50代だって身の回りにいる友人ってめっちゃ大切じゃん!って。


ふと気がつく。



一人で黙々と何かをして、幸せならいいのですが、

私はそういうタイプでは全然ないんですよ。


で、フランスに戻って、ギターリストの友人に会ってオープンマイクに出たり、

森で他の友人でまたギター上手い人とセッションしたり、

ちょっと前から時々演奏する友人とジャムったり。


あああ〜〜じ〜〜〜んと。別に誰に見せるわけでもなく、取り留めもなく、趣味の歌作りをして歌うって事ができる環境の素晴らしさに感謝。



50代になって、

趣味とか友人とか、そういう取り留めのない。

 

そこまで人生賭けるような、重大じゃない日常の一コマの大切さが

 

 

 

ジワ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜って。

心に響く。


それまで、あれやりたい、これやりたい、旅行きたい、日本行きたい、

二拠点生活してみたい、車の運転できるようになりたい、車中泊したい、

こんな人生送りたい、政治がどうだ、社会がどうだこうだ、ああだこうだ、
と色々。。。ぐちゃぐちゃと。。。



ただの小さな幸せの瞬間がこんなに大切なのか〜〜〜〜〜〜〜って。。。。


いつもそこには私には音楽があって、友人がいて。


それは


今のパクスの彼は、なんか友人のようになってるのかな。


なんかそんな感じ。


多分、続く。。。








AIもやはりツール。もちろん、アイディアが必要だし、自制も必要。

みなさん、お久しぶりです。

前のブログで集客の為にビデオ作ってるって言ったよね。



この、プロモーションビデオ作りから始まって、というかAiのおかげで、

あれよあれよと、いろんな今までやりたかった事が一人で出来るようになって、

いろんなもの作ってる。

結構嬉しい。

1、実はずっとビデオクリップが作りたかった。
2、実はずっと日本語の教材が作りたかった。

まずこの2点

映像のプロの彼が一つビデオクリップ作ってくれた事はあったんだけど


それも超暇な時に、ようやく重い腰を上げて、ようやく一つ作ってくれて。。。。出来はいいんだけど、かなり何年も待った。まあ出来は良いんだけど、何年も待って一つってさ。

お金を払えば、それをやってくれる人はもちろんいる。

 

それが、もう自分でAiで使って、できる。
AI使っても元の映像は自分で撮るし、編集も自分でする。
で、編集って実は凄い複雑なんだよ。今でも無料ソフトで無料分の範囲でやるとすると、
4倍ぐらい時間かかって、びっくりした。それで、編集作業慣れたから、ダビンチレゾルブっていう映像のプロが使ってるソフト使ってみようって思ってもやっぱり、複雑すぎて使い方がイマイチわからなくて
イライラして結局出来なかった。

ようやく苦しんで夜中も作業して一個作ったら、せっかく字幕付けたのに、表示されない。
で、結局パア、お手上げになった。


で、優しい有料版のCupcutで作り直した。
まあ、語学ツールと
趣味の音楽ビデオクリップぐらいのビデオなら簡単にまあまあのクオリティで作れる。

 

 



それでも映像のプロの彼はダビンチを推薦するけど。。。本当の値段は高いし、そっちを使うとすると、元の木阿弥で何も出来なくなる。

彼が買ったら、私も再トライしてみようか。。。毎月CupCutに払い続けるのも嫌だし

 

 

 

今までやりたかった絵とか入れた初心者用日本語教材作りも一人で簡単に出来るようになった。


フリーの絵もあったけど、それだけじゃ無理。


で、あるMBAプログラムで時給が1万円超える授業料を支払われた時に、おっし
やるぞっ!ってその時は自分でオリジナル教材作ったかな。

その時はめっちゃ時間かかったわ〜〜。

初心者教材って絵とか写真とか大切なんだよね。



いつも、プロの絵描きの彼と教材作れたらって思ってたけど、
向こうはプロだからさ。タダで絵書いてって言ってもね、良いよって言ってもいつまで経っても書いてくれない。

もちろん、プロだからしょうがない。

何年も待った。





AIのお陰で、その絵などが、フリーで権利関係なく使えるので一人作業で色々教材作ってる。

これが相当溜まったら出版とかできないかな〜って。

まあ、とにかく自分で教材作るのは楽しいな。

丁度いい教材が無かったりしてさ。




このAIのお陰で教材作りが楽に出来るようになった。


まあ、私みたいな人はいっぱい居ただろうね。


でも、そのお陰で、パソコン作業が増えた。


昔、プログラマー辞めたのは、パソコンの前にいる時間が長すぎる人生って

サイテーって思っていたんだけど。

まあ、なんでも、良い悪いはある。


もちろん、90年代のネットの無かった時代を謳歌した私は

 

あのネットの無かった時代の方が好きだ。



でも、もう時代が違う。




もうその時代には戻れないんだよなって。





AIと一緒に、フランス語で生徒への返信を考えたりして、

Aiと一緒にフランス語勉強すると、全然発音とかフランス語の音とか、自分で発話とか出来なくて、
安易な方へ行っちゃうと、自分のフランス語勉強にならない。




ああ〜これかAIの弊害はって思うことももちろんある。


ネットと同じで弊害と便利の間で自分がどう使うかなんだよね。



とにかく今までアプリやソフトに課金って、

授業用にCamscannerっていいうアプリに年に1度払っていたぐらいだったけど、

同じ金額が、毎月かかるようになったって、気をつけないとなって思う。