ヨーロッパ〜日本往復日記

2001年から2003年まで二年の世界放浪の旅へ、それからどんどん価値観が変化していく様子をブログに書いています。

オルタナティブな生活〜エンジニア編

カウンター30000を超えました。どうなんでしょうね〜。この数字。書き始めてから一年以上たち、
だいぶ進みが速くなりました。読んでる人いるんでしょうか?


まあ、いつも不思議に思うのですが、まあ、とりとめもなく気ままに書いていきま〜す。



私が出会ったある個性的な生活をしている男性の話を書きますね。

彼は、ポーランドの両親を持つドイツ生まれの推定45歳の男性。彼はエンジニアです。
コンピューターのシステムエンジニアだと言っていました。


彼はにはアパートがありません。車で生活をしています。その車はもともと警察の護送車を少々カスタマイズしたもの。日本で見る警察の護送車よりも一回り小さいでしょうか。

中にはマキを入れる古い暖炉もあります。車の居住スペースはだいたい3畳くらいでしょうか、
なかなかコンパクトですごし易そうです。料理は日本で食卓でなべをする時につかうガス台を使っています。トイレやシャワーはついていません。
彼は大きな公園の近くの道路にその車をいつも停めていました。
そこらへんいったいは普通の道路なのですが、彼のように車で生活する人々が集まる場所です。


彼は家はないのですが、仕事をする事務所は持っています。
友人と一緒に借りている事務所、そこで昼間は仕事をしています。だから、貧乏でこういう暮らしをしている訳ではないのです。いつも食べるものもドイツではビオと呼ばれる、オーガニックフードでした。

すべてオーガニック、結構高いですよ。私は一度一ヶ月ほどすべてオーガニック食品で過ごしてみたことが
ありますが、普段の3倍以上の食費がかかりました・・・・。


そして夏になると、その車を移動し野外フェスティバル巡りへ出かけます。
冬はポーランドへ行って冬眠生活らしいです。だれもこない森の中で雪に包まれしんっとした静けさの中で
冬を感じ過ごすと言っていました。


彼は過去の人生の多くを語らなかったのですが、ポーランドに離婚した奥さんと子供が一人居るらしいです。
そういう生活をしていて、彼は携帯は持っていないし、普通の電話もない、携帯には絶対電話をかけません。メールでしかコンタクトが取れませんでした。



そういう完全な自由の中で(私には見える)生きている人。でもね、多くを必要としていない
シンプルな生活に私は共感したのです。孤独だって?彼は家族は今はありませんが、友達は結構居ます。


はて、その人は45まだまだ大丈夫でも、もっと年を取ったらそんな生活できないジャンなんて
思っていませんか?

できるのですよ。それがね。


私はあるフェス(まあこういう人は大体野外フェスで出会います)で、見た目には70を超えた老人の
すばらしい車のお宅に上がらせていただきました。全く見知らぬ人を簡単に入れてくれました。


その車はトラックぐらいの大きさですね。なかのカスタマイズはすばらしい。部屋はその老人が作ったであろう木彫りのデコレーションがあらゆるところにある。シャワーもトイレもついている。本当に普通の生活ができる車。中は8畳くらいの大きさだったと思います。



それで、最初に書いた男性は、将来ある村にすむことを考えているらしいです。

その村というのはかなり特殊な完全自給自足を目指すとこらしいです。

話によると。。。

まず、その村に入るには最初に自分の財産は預けなければいけないこと。
そして、その預けた財産は、その村に住むすべての人とシェアをして、1000ユーロまでだったら
自由に使うことができるということ。
ほとんど生活するのにお金は必要ないため、お金を使う人はほとんど居ないということ。
そして、万が一それ以上のお金が必要な場合はその村に住むすべての人と話し合い許可が得られれば使えるということ。
太陽光の自家発電があり、排泄物を処理する畑があり、水を供給する川があり、すべてそこでまかなわれ
大体50人ぐらいが一緒に生活しているらしいです。




面白いですね〜。